■柳家太助(やなぎやたすけ)
所属=落語協会
本名=尾形貴志
師匠=柳家権太楼3
略歴=1994年10月、入門して「太助」1998年10月、二ツ目昇進
出囃子=小さな世界改メ石段
生年月日=1970年8月17日獅子座戌年32歳A型
出身=埼玉県岩槻市
出身校=みどり幼稚園→柏崎小学校→柏陽中学
身長・体重・足・視力=175センチ、78キロ、27センチ、両眼1.5(客席が見えすぎて困る程)
家族構成=父母兄2人。今は妻・長女長男と足立区に一戸建てを購入し四人暮らし(30年ローンっす…)
趣味=野球(やる・見る)競艇(配当が大きいので好き)ゴルフ
好きな食べ物=カレーライス、コロッケ
苦手=じゃがバター(あたったことがあるので。たぶんジャガイモの芽の食中毒だったのかも?それ以来食べられない)
好きな色=うすいピンク、紫
好きだったアイドル=渡辺美奈代
初めて買ったレコード=「振り向くな、きみは美しい」
お酒・タバコ・ギャンブル・風俗=ウイスキーと焼酎が好き、クールのフィルターキングを一日一箱、競艇(主に戸田へ)うーん、ナイショ!
好きなお店=南栗橋の飲み屋「ひといき」(兄が経営)「パル」(喫茶店、かみいた落語塾を主催してくれている)
特技=大銀杏が結える
欲しい物=着物(色紋付)
将来の目標=この世の人に一人でも多く自分の存在を知ってもらいたい。柳家太助という噺家を。せっかく生まれてきたんだし、ね。
今月のお客様は権太楼門下の柳家太助さん。
▼大ノセ
蔵前に国技館があったころ、友達と見に行ったら「お相撲さんになる気はないかい?」と、一緒にいた恰幅のいい友人ではなく、私がスカウトされたんです。「俺に素質があるってことかな?」と思い込んでしまって。ちょうど人気者の高見山が引退して部屋を興すという時で、東関部屋へ入門を決意。中学3年の春から、一年間、他の弟子たちと、御殿場の山にこもって稽古です。だから私、中学はろくに卒業してないんですよ。ところが…身長が伸びない。弟子は増えたし、定員に空きのある床山にならないかと、説得されました。イヤでしたよ、お相撲になりたくて入ったんですし。でも背も伸びないし説得に負け、床山に転向。そしたら背が伸びたんです、全く皮肉ですよね…。楽しかった事もたくさんありました。親方と小錦関、セーラーズ(当時流行した洋服のブランド)の社長と四人で六本木のマハラジャへ行って、ヘネシーを7本空けたりとか。あのころは景気もよかったしね…いい思い出です
▼愛の告白
東関部屋にいたころ、近所のお店で女の子に愛の告白したことがあります。今思うと、そのお店は「キッチン稲葉」(さん喬師のご実家が経営しているお店)だったんですよ!ねえーなんだか落語界への因縁を感じます…結果 ですか?即・その場で「いいお友達でいましょう」と言われました…
▼一杯のかけそば
大師匠の小さんと会津若松の仕事に行きまして、食事をしそびれたんです。帰路に郡山の駅のホームで「おう、ソバでも食うか」と言ってくれまして、私は「天ぷらソバが食べたいなー」と内心思いつつ「師匠、何にしますか」と聞いたら「バカヤロ、かけに決まってんだ」と言われ、二人でかけそばを食べました。人気のない駅の立ち食いソバ屋で二人きり、無言ですすりました。今思えばあれは最高に贅沢な食事でした。
▼入門
寄席で師匠の高座を見て、こんな面白い高座を演る師匠のそばで修業をしたら、さぞや毎日を楽しく過ごせると思っていた。でもまだ入門の決心はかたまっていない頃、師匠が出演する寄席を追うようになって、鈴本に行くべく酒悦の前を歩いてたら、むこうから師匠が鈴本に向かって歩いてきたんです。なんかもう、何も考えず勝手に足と口が動いてしまって「弟子にしてください」と、言いました。おかみさんに後で聞いたのですが、あの時師匠は刺されるのかと思ったそうです。
▼円朝まつり
師匠の権太楼と共に、一門その他大勢でゴミ隊をやります。ゴミを拾うって、誰かがやらなきゃいけないことですしね。ただ拾うだけでなく、もちろんパフォーマンス付きです。格好いいTシャツも販売しますよ!いろいろ考えています。谷中の全生庵での8月 日開催の円朝まつり、皆さまお誘いあわせの上、ぜひぜひお越しくださいませ!
▽太助さん今後の予定
8/9大江戸台風族、8/ 〜 、夏の北海道縦断公演・柳家権太楼一門会(告知板参照)毎月第2・4日曜日「かみいた落語塾」他
(構成=佐藤友美)