浪曲一問三答
浪曲一問三答 質問其ノ一「浪曲って、何ですか?」
  〜落語、講談、漫才などと並ぶ大衆芸能なのに、何故か馴染みの薄い「浪曲」。浪曲に関する質問を、浪曲のことならなんでも知ってる三賢人に聞いてみよう。※皆様からの質問も募集中。

 

芦川淳平
(浪曲親友協会理事)
●浪曲三賢人・芦川淳平の答え
 乃木大将に訊かれたら、「浪花節のことであります」と答えます。
 坂本龍馬に訊かれたら、「もうじき浄瑠璃に取って代わって六十余州を席巻する巷で人気の音曲でござる」と答えます。
 外人さんに訊かれたら、「Japanese lyrical verse consisting of poetry or prose, sung in a mixture of aria and recitative form. In western music,it is something akin to the ballad or the oratorio of medieval times,or classical opera prior to the Renaissance.」と、うまくしゃべらないから書いて渡します。
 いまどきのフツーの日本人に訊かれたら「普通に暮らしてたら、一生関わりを持たずに安穏な生涯を送ることが出来る魔性の音楽」と注意喚起します。
 詮索好きなかわら版の読者には、もうちょっと情を込めて、この細かい字を読んで目を悪くするより、いちかばちか、恐いもの見たさに木馬へでも行って、汗や唾の飛ぶ距離で浪曲を体感することをおすすめします。当たり外れがあるから、うまくハマってのめり込むか、二度と聴きたくないと思うかとの丁半博打ですが。
 いずれにしても、浪曲の定義は、「長大な叙事詩を節(詠唱)と詞(叙唱)で構成し、それにふさわしい発声法を駆使して歌い上げる歌曲である」ということのみで、その内容も音楽表現も演出も上演スタイルも全て個々の浪曲家の自由な裁量の内にある、なんでもありのつかみ所のない危険な音楽なのです。

稲田和浩
(演芸作家)
●浪曲三賢人・稲田和浩の答え
 節と科白(浪曲の符牒では啖呵)で物語を綴る大衆芸能。真ん中にテーブルがあって、その上に派手な布が掛かっていて、そこで演者が浪曲を唸る。そう。浪曲は唸るものね。ちなみに浄瑠璃は語るで、講談は読む、落語は咄す、漫才は喋る…。伴奏楽器は三味線で、たいてい上手の屏風の後に隠しちゃう。浪曲の三味線弾きは可愛い女の子が多いから、客に見せるのはもったいない、ってんで隠してる…らしい。幕末から明治のはじめ頃に起こって、明治中頃に寄席でブーム。レコード、ラジオで日本中を席巻し、国民的芸能になるも、昭和三〇年頃より衰退。銭湯で「旅行けば〜」なんてやってる親父の姿もすっかり見なくなった。

布目英一
(月刊浪曲編集長)
●浪曲三賢人・布目英一の答え
 達者な話芸にひきつけられて気分の高揚したところでスーッと節に入る、その絶妙なタイミング。そして三味線の鮮やかなバチさばきにのせられた節が悲しみや喜び、時には緊迫感や怒りといったような様々な感情をストレートに観客にぶつけてくる。これにより、さらに観客の気分は高揚していく。またこの時の声っ節は一声千両のうっとりとさせられるもの。
 そのような数々の魅力にあふれていたのがかつての浪曲、浪花節でありました。
 もっとも、そのかげには「歌は世につれ」という言葉があるように絶えず変化する大衆の好みに合わせた浪曲家たちのさまざまな節まわしの工夫があったのです。
 今はかつての節まわしに浪曲家自身が酔い、一席の話を演じる上で最も重要である、物語の内容をしっかりと分かりやすく伝える作業さえもがおろそかになっています。浪曲の現在の衰退ぶりはこの要素によるところが大きいと私は考えております。