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    <title>いのど～ん！ブログ</title>
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    <updated>2010-06-10T08:15:13Z</updated>
    
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    <title>その１３　判形チェンジ</title>
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    <published>2010-06-10T07:38:52Z</published>
    <updated>2010-06-10T08:15:13Z</updated>

    <summary>タブロイド判にて発行し、いろいろな所で配りました。あらゆる知人や、情報を掲載して...</summary>
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        <name>いのどん</name>
        
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        <![CDATA[<p>タブロイド判にて発行し、いろいろな所で配りました。あらゆる知人や、情報を掲載していた</p>
<p>映画館の内、文芸坐など置かせてくれた処。出身校の学習院では、かって知ったる各クラブ</p>
<p>の郵便受けに入れました。イイノホールの二朝会で、会場待ちの人に手渡したこともあります。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        <![CDATA[<p>スタート時はそれでも付き合いで何人かの人が申し込んでくれましたが、２，３ヶ月すると</p>
<p>パッタリと動きが止まってしまいました。今考えても、他の情報誌には無い落語や講談の</p>
<p>案内が載っているにしても、その数僅か５０本。しかも、見本誌が寄席演芸に興味のある</p>
<p>人には余り届いていない。実に購読者が増える要素が薄かったと言わざるを得ません。</p>
<p>当初毎月２０００部印刷し、それを配ればその１割が申し込んでくれる。それを１年続ければ</p>
<p>２０００人の定期購読者になり何とか廻していけると、何となく考えて始めたのですが（この</p>
<p>数字でも全く成り立たないことを、すぐに実感させられました。要するに何の具体的計画・</p>
<p>計算も持たないで発行しちゃった訳です。むちゃくちゃでしたナ～）、更にその一割も反応が</p>
<p>ありませんでした。月の後半には夜余った物を封筒に入れ、築地近隣にポスティングしました。</p>
<p>東銀座や八丁堀から数人の送金がありましたが、焼け石に水でした。実家に居て食事と</p>
<p>住まいは確保されておりましたが、全く先が見えない有り様だったところ、大学時代の友人</p>
<p>より判形チェンジの話が持ち込まれました。</p>]]>
    </content>
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    <title>その１２　１０号まではタブロイド版</title>
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    <published>2010-06-01T04:33:18Z</published>
    <updated>2010-06-01T06:10:16Z</updated>

    <summary>　この後１０号まではタブロイド版にて発行。定価が第５号（昭和５０年３月号）より７...</summary>
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        <![CDATA[<p>　この後１０号まではタブロイド版にて発行。定価が第５号（昭和５０年３月号）より７ヶ月で</p>
<p>金１０００円となっています。あまりに申し込みがなかったので、一年分の１５００円より幾らかでも</p>
<p>支払いやすいと考えたのでしょうか・・・。８ヶ月ではなく７ヶ月としたところにいじましさを感じますナ。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        <![CDATA[<p>　そして、５０年４月号よりそれまでの８頁より４頁増えて１２頁となりました。年中行事・催しから</p>
<p>美術展が単独１頁に。劇場案内が１頁。落語会が１頁増加し２頁に。別に講談・浪曲・その他の</p>
<p>頁が新規に１頁。目次および申込方法で２分の１頁（これまでは見本誌と郵便振替用紙にご案内</p>
<p>を封筒に入れて配布していました）。身内からの協力広告が２分の１。スポーツ頁は削除。</p>
<p>　これで落語会情報は３２本。講談浪曲は木馬亭・本牧亭の番組を中心に２０本。合わせて５２本</p>
<p>となりました。連絡場所に本牧亭、木馬亭の電話番号が載っているのは、この時期から両会場に</p>
<p>毎月取材に行き、翌月番組を入手できるようになったわけです。１日から15日まで木馬亭公演の</p>
<p>浪曲定席（￥800）出演者が記載されていますが、４月１６日に出演者名ブランクで第１９０回</p>
<p>やまと浪曲研修会（￥700）があります。この毎月１６日に浅草やまとホールで行われていた</p>
<p>会は、六区の交番に聞いても分からず、その会場を見つけるのにとても苦労した覚えがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
    </content>
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    <title>その１１　題字</title>
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    <published>2010-05-19T06:51:04Z</published>
    <updated>2010-05-19T07:27:17Z</updated>

    <summary>　第２号（昭和４９年１２月号）の題字は、江戸文字にて「東京かわら版」となっており...</summary>
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        <name>いのどん</name>
        
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        <![CDATA[<p>　第２号（昭和４９年１２月号）の題字は、江戸文字にて「東京かわら版」となっております。</p>
<p>　創刊号を手にした関岡扇令師（その５で登場）が、明朝体の活字題号では格好がつかない</p>
<p>と、江戸文字の第一人者だった鈴木本和さんに声を掛けてくださり、書いて頂いたものです。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        <![CDATA[<p>　扇令さんは伝統木版刷師としてその技を継承すると共に、東都納札睦主宰者で納札の世界</p>
<p>でもその中心となっていた方です。以前は全国の神社・仏閣にて「扇令」「本和」の納札やお二人</p>
<p>連名ののれんを良く眼にしたものです。先代の扇令さんも戦前の紙統制時代に、私がかって</p>
<p>勤めていた井上清子特許事務所と繋がりがあったとかで、因縁浅からぬこともあり、小誌の</p>
<p>発行前には毎年木版年賀状を依頼にお宅に伺い、色々と木版のお話等を聞いておりました。</p>
<p>　本和さんに書いてもらったロゴは、長い間、小誌の表紙を飾って頂きました。</p>
<p>　この後、第10号で今の版型に変更した折に、「落語」「講談・浪曲・新内」のタイトルを寄席文字</p>
<p>にて橘右近師匠に書いて頂きましたが、殆ど原稿料も用意できなかったのに、寄席文字と</p>
<p>江戸文字の両第一人者の手による文字を使用させてもらったわけで、ま～贅沢なことでした。</p>
<p>（残念ながら、お二人は亡くなっており、現在の寄席文字・江戸文字は橘右橘師によるものです）」</p>]]>
    </content>
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    <title>その１０　松葉屋と民族芸能の会</title>
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    <published>2010-04-21T01:13:55Z</published>
    <updated>2010-06-01T06:13:38Z</updated>

    <summary><![CDATA[&nbsp;「はなしをきく会」は松葉屋の名物女将福田利子さんの息子清一さんが、大...]]></summary>
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        <name>いのどん</name>
        
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        <![CDATA[<p>&nbsp;「はなしをきく会」は松葉屋の名物女将福田利子さんの息子清一さんが、大学生の時に跡を</p>
<p>継ぐにあたって、自分の仕事としてお店で落語会をやりたいとして、始められた会です。</p>
<p>詳しくは昭和61年主婦と生活社刊「吉原はこんな所でした」をご覧下さい。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        <![CDATA[<p>　当時月１万円で生活していた身ではおいそれと行ける会ではありませんでしたが、ごくたまに</p>
<p>はとバスの「花魁ショー」が行われていた舞台を高座として、緋毛氈を敷き詰めた桟敷席で、</p>
<p>厳選された出演者による落語を聴くのは、まさに贅沢の極みでした。ちなみに１１月1日（金）</p>
<p>には「三遊亭遊三・春風亭小柳枝・春風亭枝雀・春風亭柳橋」、１５日「三遊亭円窓・三遊亭</p>
<p>円楽・檜山さくら・三遊亭円生」の番組が掲載されています。松葉屋さんは後年裏表紙に協賛店</p>
<p>を掲示するようにした時、第一号の申込店となって下さり、その後持参する度に毎回暖かい励まし</p>
<p>の言葉を掛けてもらいました。</p>
<p>　１９日には本牧亭「民族芸能を守る会　鏡味仙之助・小三太（現柳亭小燕枝）・ぬう生（現三遊亭</p>
<p>円丈）」があります。昨年5月に95歳で亡くなられた茨木一子さんが会が発足した昭和37年から</p>
<p>事務局長としてしきられていた例会で、事務所が隣町の東銀座にあったこともあり、私は毎月顔を</p>
<p>出すようになり、茨木さんにはなにかとお世話になりました。</p>
<p>　あの時期、この二つの会の案内を定期的に掲載していた媒体は、他には存在していないと</p>
<p>思います。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
    </content>
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    <title>その９　当時の落語会</title>
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    <published>2010-03-29T04:55:31Z</published>
    <updated>2010-03-29T05:26:43Z</updated>

    <summary>　この中でNET（現テレビ朝日）で放送されていた牧伸二司会の「東急文化寄席」は別...</summary>
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        <name>いのどん</name>
        
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        <![CDATA[<p>　この中でNET（現テレビ朝日）で放送されていた牧伸二司会の「東急文化寄席」は別にして、</p>
<p>ホール落語会といわれていたのは三越劇場・紀伊国屋ホール・イイノホール・東横劇場・国立</p>
<p>劇場で行われていた各会です。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp;　ホール落語会については、新聞を丹念に見ていれば情報はそれなりに手に入りますし、</p>
<p>その会場もたやすく分かりました。然しながらそれ以外の催しについては、当時は我々一般人には</p>
<p>その案内が来にくいものでした。特定の噺家さんを聞く会、鑑賞組織による物、地域寄席といわれる</p>
<p>街で行われている催しなど様々な形態で落語会が、今ほどの数ではないにしても、開催されていた</p>
<p>ものだと思われますが、殆ど私はその存在を知りませんでしたし、その情報を入手するすべがあり</p>
<p>ませんでした。ど～も会は行っていても、やりたい人がやり、来たい人がくればいい、というような</p>
<p>極めて閉鎖的な世界に思えてなりませんでした。</p>
<p>　「はなしをきく会」にしても、吉原の引き手茶屋「松葉屋」を会場に店の常連さんを対象とした</p>
<p>一年単位の会員制の落語会で、一般告知は余りされていませんでした。何かの折にメモしていた</p>
<p>電話番号に連絡したところ、割高になるがその日だけの入場もできるとのことで、掲載させて</p>
<p>もらいました。（創刊号には開催日を一週間ずれて掲載してしまい、出来上がったタブロイド紙と</p>
<p>菓子折りを持ってあやまりにお伺いしました。）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
    </content>
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    <title>その８　創刊号の落語会情報</title>
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    <published>2010-03-23T03:10:09Z</published>
    <updated>2010-04-21T01:57:26Z</updated>

    <summary>　創刊号は最後の1頁が落語会の欄です。本数はたったの18本。 　タテ方向の掲載で...</summary>
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        <name>いのどん</name>
        
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        <![CDATA[<p>　創刊号は最後の1頁が落語会の欄です。本数はたったの18本。</p>
<p>　タテ方向の掲載で、昭和49年の11月１日から12月４日までの日付と曜日が頁上部に</p>
<p>左から右へ並べてあり、その下に時間・会の名称・番組・会場・料金が表になっています。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp;　各会場連絡場所・会場案内は表の下にまとめて横書きで掲示されており、その下部に寄席定席</p>
<p>の名称と、TEL、昼の部・夜の部の時間が書いてあり、10日毎に出演者が代ります、と記されて</p>
<p>おります。ちなみに各寄席の入場料は、新宿末広亭￥800学￥700、池袋演芸場￥700学￥600、</p>
<p>鈴本演芸場￥900学￥800、浅草演芸ホール￥800学￥600、日比谷東宝演芸場は6：00で土・日</p>
<p>祝のみ1：30と二回公演、￥800学￥600です。</p>
<p>　落語番組は、三越劇場で「三越落語会￥1000」「三越落語競演会￥500」「三越名人会￥1500」</p>
<p>紀伊国屋「談志ひとり会￥700」「古典落語をきく会￥1000」、東急レックス「東急文化寄席</p>
<p>（毎月曜)￥700」、松葉屋「はなしをきく会（第1・3金曜）￥2000」、ジァンジァン「独りゆく</p>
<p>桂小南￥600」、イイノホール「東京落語会￥700」、本牧亭「民族芸能を守る会￥700」、</p>
<p>VAN99ホール「三五六（さんごろう）寄席￥99」、東横劇場「東横落語会￥1200」、</p>
<p>国立劇場「落語研究会￥1100」が載っております。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
    </content>
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    <title>その７　創刊号</title>
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    <published>2010-03-17T02:40:59Z</published>
    <updated>2010-03-17T03:09:57Z</updated>

    <summary>　確か2000部刷り、印刷代が14万円だったと記憶しています。今残っている全てに...</summary>
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        <name>いのどん</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tokyo-kawaraban.net/inodon/">
        <![CDATA[<p>　確か2000部刷り、印刷代が14万円だったと記憶しています。今残っている全てに赤くゴム印で、</p>
<p>見本と押してあります。創刊号は無料にて、思いつくいたるところで配布しまくりました。部数的には</p>
<p>置かせてくれた掲載映画館での消化が、中心とならざるを得ませんでした。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        <![CDATA[<p>　学生時代の友人や、社会人となってから知り合った人達で少しでも興味を持ちそうな人に直接</p>
<p>合って手渡したり、郵便で送りつけ、申込みの御願いをしました。</p>
<p>　輝く最初の定期購読者は、高校時代のラグビー部仲間（私は番号16、専任マネージャーでした）の</p>
<p>鈴木君。家に行き創刊号を見せながら話をしたら、お母さんが、あなたが始めたことなら、と良く</p>
<p>物を見もせずに代金を払ってくれました。鈴木君には、この先一時的に配送で車（トヨタパブリカ）を</p>
<p>借りたり、後年別に興したルネサンス企画なる会社で総務部長として業務をしてもらったりと、</p>
<p>何かと世話になりました。</p>
<p>　先年お母さんが亡くなった後も途切れず更新を続けてくれ、この登録番号第1号は35年たった</p>
<p>現在でも、燦然と当社定期購読者リストに輝いており、毎月発行するたびに送付しております。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
    </content>
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    <title>その６　何とか創刊</title>
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    <published>2010-03-11T01:14:53Z</published>
    <updated>2010-03-17T03:14:53Z</updated>

    <summary>　映画館巡りをしました。都心では、築地の松竹セントラルから日比谷・みゆき座まで1...</summary>
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        <name>いのどん</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tokyo-kawaraban.net/inodon/">
        <![CDATA[<p>　映画館巡りをしました。都心では、築地の松竹セントラルから日比谷・みゆき座まで18館。</p>
<p>東京～飯田橋で6館。上野・浅草が11館。新宿18館。渋谷8館。池袋・大塚8館の計69館です。</p>
<p>この全てに足を運び、翌月のスケジュールを教えてもらいました。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        <![CDATA[<p>　久々に見てみたら並木座、日劇文化、ギンレイホール、佳作座、新宿昭和館、新宿文化、パール</p>
<p>座、渋谷全線座、文芸坐、そして大塚名画座・鈴本キネマ等の懐かしい名前が並んでおります。</p>
<p>これらは殆どが二本立てで200～400円。中で日劇文化と新宿文化は一本立てで900円なのが</p>
<p>目につきます。まさに時代を感じさせる料金です。</p>
<p>　街の映画館に行かなくなって大分たちますが、まだ残っている所はあるのかな～。再建をはたした</p>
<p>文芸坐くらいかもしれませんネ。</p>
<p>　ともかく、年中行事・催物１頁、映画情報５頁、スポーツ１頁、落語会１頁の計僅か8頁、</p>
<p>タテ27ｃｍヨコ21ｃｍのタブロイド版のスタイル大きさで、昭和49年10月25日「東京かわら版　</p>
<p>昭和49年11月号」が通巻第１号として産声を上げました。定期購読者への発送しか想定して</p>
<p>おらず、定価一年1500円（送料共）となっています。送料は幾らだったんだろう。一部当り100円位の</p>
<p>設定だったと思います。これには現在も使っている郵便振替口座番号が表示されています。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>その５　大塚名画座</title>
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    <published>2010-02-26T01:32:14Z</published>
    <updated>2010-03-17T03:12:36Z</updated>

    <summary>　どのようにアプローチしたら良いのか検討もつかなかったので、配り物として手拭いを...</summary>
    <author>
        <name>いのどん</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tokyo-kawaraban.net/inodon/">
        <![CDATA[<p>　どのようにアプローチしたら良いのか検討もつかなかったので、配り物として手拭いを用意。</p>
<p>上野松坂屋で出来合いの松竹梅柄を100本、割合安価にて入手。日本橋・榛原で見つけた</p>
<p>タトウに入れ、上に以前作っていた小さな千社札スタイルの木版刷の和紙の札を貼りました。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        <![CDATA[<p>　札は特許事務所勤務時代に、確か「平凡パンチ」の"粋な江戸小物"特集で目にした日暮里の</p>
<p>木版刷師・関岡扇令さんを訪れて、趣味の名刺として名前と自宅の電話番号を書き入れた物を</p>
<p>何色かに刷ってもらっていたのがありました。当面の連絡先は自宅ですので、この札が使えると、</p>
<p>考えたわけです。それなりに結構な品が準備できましたが、タトウの方が手拭い本体よりはるかに</p>
<p>高値だったのにはビックリしました。思い返してみると、何とのんきな事をしていたやら・・・。　　</p>
<p>　さて、最初に訪れた大塚名画座で、思いがけなく嬉しい言葉を掛けてもらい、大変励みに</p>
<p>なりました。もしここでけんもほろろの対応をされていたら、気持ちがなえてしまって二ヶ所目</p>
<p>から行く気がそがれていたと思います。よかった、よかった。</p>
<p>この所が、かって昭和16年から4年あまり寄席の灯を守りとおした大塚鈴本だったのを知ったのは、</p>
<p>20年以上も後になってでした。「大塚鈴本は燃えていた」1995年・西田書店刊・渡邉武男著・小沢</p>
<p>昭一氏推薦の本にて、この事実を知った時には、その奇遇に言葉にならない驚きを感じました。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
    </content>
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    <title>その４　取材は名画座から</title>
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    <published>2010-02-24T06:15:59Z</published>
    <updated>2010-02-26T02:11:38Z</updated>

    <summary>　さて、情報を収集しようとしたのですが、手蔓のない落語については全くお手上げでし...</summary>
    <author>
        <name>いのどん</name>
        
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        <![CDATA[<p>　さて、情報を収集しようとしたのですが、手蔓のない落語については全くお手上げでした。</p>
<p>これについては、分かっている落語会に直接電話し、番組を教えてもらうことにしました。</p>
<p>　最も情報が分かりやすいのは、映画でしたので、そこからのスタートにしました。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        <![CDATA[<p>　主として山手線を中心に、独立系の名画座をピックアップしリストを作成しましたが、これは</p>
<p>比較的簡単に作業が進みました。このリストを基に、手書きの見本を持って名画座の事務所に</p>
<p>飛び込み取材を敢行。どこからでも良かったのですが、理由も無く最初に行った所が、大塚駅</p>
<p>南口商店街にあった「大塚名画座・鈴本キネマ」の２館でした。両館の事務所を兼ねている</p>
<p>部屋に伺い、持参した物を見せたところ、「面白いんじゃない。情報は伝えるから、やってみたら」</p>
<p>と言ってくれました。</p>
<p>　※前回村越さんとの出会いにSｙnchronicityと言ってみましたが、この語は無意識的に二人の</p>
<p>人間が同じ事を想う、ということなので私が言わんとすることとニュアンスが異なります。が、</p>
<p>大塚名画座の件もそうなのですが、「東京かわら版」の歴史において、当方で意図していなかった</p>
<p>のに、後から振り返ってみるとそれしかない最良の出会いが色々な局面で起きてくれており、</p>
<p>どう表現したら良いのか適当な語が思いつかないのですが、ただ単に結構な偶然とは言って</p>
<p>しまいたくない出来事がこの後も、数限りなく・・・。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
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    <title>その３　とりあえずのスタート</title>
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    <published>2010-02-12T09:10:32Z</published>
    <updated>2010-02-12T09:38:44Z</updated>

    <summary>　とりあえず、自分が興味を持っている情報をピック・アップしてみました。　東京で行...</summary>
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        <name>いのどん</name>
        
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        <![CDATA[　とりあえず、自分が興味を持っている情報をピック・アップしてみました。<div>　東京で行われている年中行事・映画・スポーツ、そして本来の目的たる落語会でした。</div><div>それを手書きにして、何人かの知人に見せて回ったのがスタートでした。</div><div><br /></div>]]>
        <![CDATA[　その中の一人が、社内報でお世話になっていた印刷会社を紹介してくれました。ムツワ企画<div>の村越さんです。日暮里にあった事務所に行き、考えていることを話したところ、その場で</div><div>「東京かわら版」なるタイトルを提案してくれました。当に私が目指している内容にピッタリのネーミングでした。いま思い返しても、スタートで村越さんに巡り合えたことは僥倖としか言いようがありません。この後今に至るまで、実に多くの人に助けられて、不思議と生きながられてきた小誌ですが、創業時の大恩人の一人です。当時は写植印刷の時代でしたが、何も知らない私に、入稿から印刷物が出来上がるまでの流れ、文字の級数の計算方法等諸事について教えてくれました。発刊後すぐに資金繰りが行き詰まった時も、しばらくは半額の入金で残りの分は猶予さえしてくれました。</div><div>　花緑師が、昨年の暮れの紀伊國屋ホールでの高座で口にしていた、Synchronicity（共時性）と言えば良いのかな〜。</div>]]>
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    <title>その２　発刊まで</title>
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    <published>2010-02-05T01:24:49Z</published>
    <updated>2010-02-16T02:05:43Z</updated>

    <summary>　落語の情報誌を出そうと考えましたが、何から手を着けたら良いのか分かりませんでし...</summary>
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        <name>いのどん</name>
        
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        <![CDATA[<p>　落語の情報誌を出そうと考えましたが、何から手を着けたら良いのか分かりませんでした。</p>
<p>　当時は、今は無くなってしまった「シティーロード」が音楽の、そして「ぴあ」が映画中心の情報誌として存在していましたが、落語案内は殆ど掲載されていませんでした。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        <![CDATA[<p>　たとえば、この頃イイノホールで行われていた春風亭柳朝・古今亭志ん朝師の「二朝会」の</p>
<p>案内が数日前、新聞に数行載っても連絡先も出ていません。自分で調べてホールに</p>
<p>電話すると、主催者は別。そこで問合せ先を教えてもらい、やっとチケットの入手方法が</p>
<p>分かるという有様でした。</p>
<p>　行きたいと思う人が希望する催しと簡単にアクセス出来れば便利だろうし、そのような需要は</p>
<p>多いだろう（これがそもそもの大きな間違いでしたナ～）、という極めて単純な発想でした。</p>
<p>　落語情報案内を目的として発行しようとしたのですが、いかんせん落語家さんの連絡先も全く</p>
<p>知らず、情報入手のてがかりも無く、主にはそれまでストックしていた落語会のスクラップを</p>
<p>中心に、断片的に目に付いた資料を基に、少しずつ手探りで情報を入手していくしか方法が</p>
<p>有りませんでした。</p>]]>
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    <title>東京かわら版創刊</title>
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    <published>2010-01-29T06:34:51Z</published>
    <updated>2010-06-01T06:15:26Z</updated>

    <summary>「東京かわら版」発行人兼資料室長の、いのど～んこと井上和明です。 　私が「東京か...</summary>
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        <name>いのどん</name>
        
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        <![CDATA[<p>「東京かわら版」発行人兼資料室長の、いのど～んこと井上和明です。</p>
<p>　私が「東京かわら版」を創刊しましたのが、昭和49年（1974）11月号です。</p>
<p>奇しくも寅年の年。本年11月号を出せば、干支が3回巡ってきたことになります。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        <![CDATA[<p>マ～良く続いたものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　昨年秋ホームページをリニューアルした折に「いんど～ん！ブログ」なるコーナーを</p>
<p>設けたのですが、開店休業のままになっておりました。スミマセン。やっと重い腰を</p>
<p>上げ、1号からのバックナンバーを見ながら、これから小誌の遍歴を思いつくまま</p>
<p>記していきたいと思います。（当初の数回は以前「いのどん　愛の小部屋」なる</p>
<p>気恥ずかしくなるタイトルで書き残したものと一部内容がダブルことになります。）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　昭和49年１０月25日に「東京かわら版」第１号を発刊。（１０月11日に現在と同じ住所に</p>
<p>東京月間情報社なる大層な名前の資本金70万円の有限会社を設立。しばらくはこの社名の</p>
<p>ままでした。）</p>
<p>　印刷の事は何も知らず、落語界とは全く繋がりも持っていませんでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　大学卒業後４年程勤めていた叔母の特許事務所を辞めた時、特に之と言ってやるべき</p>
<p>ことがなかった私は、自分の単なる趣味であった落語の情報をまとめた媒体を提供し、</p>
<p>一般のお客さんと落語会の橋渡しができれば、と思いつきました。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
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